煩いパートナーの我が儘に付き合わされ、仕方なく向かった場所は団子屋だった。上機嫌で椅子に座る橙色の螺旋状の仮面は、その不気味とも不可思議とも言える形状通り、掴み所のない人物を表している。

前のパートナーの後釜とはいえ、タイプが違いすぎる。前任はまだ尊敬に値するほどの強さや価値観を持っていた。とはいえ、芸術論においては相反していたが。しかし芸術という点において、彼が作り上げる造形は皆秀逸であった。自分のものとは方向性が大きく異なるが、美という一点において、称賛されるべき対象であると今も思っている。

……それに比べて、コイツは。

「デイダラ先輩、食べないなら僕がもらっちゃいますよ」

妙に明るい語調も、陽気な振る舞いも、自分が好ましいと思うに少々煩わしかった。
皿に伸ばしてきたトビの手を払い、団子を口に運ぶ。第一物を食いにきて面を外さない神経がわからない。サソリの旦那は傀儡に籠りっきりだったが、それなりに本体から出ることもあり、姿を見る機会もあった。それがコイツに至ってはまるでない。

ついぞ深く息を吐くと、人の気配を感じた。店なのだから、人の気配があるのは当たり前だ。客だろう。しゃん、と鈴を鳴らすような音が鼓膜を叩いた。団子を咀嚼しながら、そちらに視線を向ける。口内に広がる甘さを飲み下し、見えた人影に眉を潜めた。

「尼さんですかね」

ぼそりとトビが耳打ちしてくる。
顔を羽織で覆ってはいるが、着ているものや錫杖から判断するに尼僧だろう。
旅の途中なのか、ここが団子屋である以上、自分たちと目的は同じに違いない。
するとトビが何かを閃いたように立ち上がる。

「あ、ここ座ります? どうぞどうぞ」
「ああ、すまないね」

嗄れた声が尼僧から漏れる。トビが退いた場所に彼女は腰を下ろし、深く息を吐いた。ちらりと見えた羽織の奥の顔には、包帯が巻かれていた。包帯の合間から丸い目玉が覗いた。キロリと動いてこちらを見る目玉に、ついたじろいだ。尼僧は形の良い唇で弧を描き、ゆっくりと丁寧に言葉を紡いだ。

「旅のお人かい?」
「旅っていうか、任務っすね」
「そう。この道を通るということは、あの山を越えてきたのかい?」
「ええ、もう疲れちゃって!」

大袈裟な身ぶり手振りを交え、トビは尼僧の問に答えていく。食べ終わったらさっさと出発する言ったのに、どうやらヤツはこれを機とばかりにさらに休む気らしい。呆れた浅知恵だ。
年寄りの長話ほど時間を無駄にするものはない。

「あの山、帰りも通るならお気をつけなさい」
「お化けでも出るんすか?」
「鬼がいるそうさ」
「鬼?」
「そう、昔ここいらで神隠しがよく起きたんだよ」

ああ、まんまとトビの軌道に乗ってしまった。
尼僧の口から出る迷信話に思わず深く項垂れた。トビは「ひゃああ怖い」などと両手を挙げては大きなリアクションを取っている。こうなると年寄りの話は長い。岩隠れにいたころの、土影の説教が思い出された。

「紅葉伝説を知っているかい」
「紅葉狩りの話ですね、あの鬼女退治の。舞台は鬼無里でしたっけ」
「そう。よく知ってるね。昔ね、あの山の社に戦から逃げ延びた娘が住んでいたんだよ」
「へえ」
「その娘は鬼無里出身の女郎上がりで、子どもを身籠っていたらしい。ただ、戦で顔に傷を負った醜女であることから、この辺りの村から迫害を受けていた」

ありきたりな話だ。
戦争なんてものがあった時代は、よほど人間の精神面が荒んでいたのか、偏見や差別はごく当たり前のように起こる。外見や出身に特徴があればなおさらだ。それは間違いなく淘汰の対象になる。

「娘は鬼女だ、化け物だと忌み嫌われた。そしてそんな生活に弱ってしまったんだろうなあ、子どもを流産してしまったんだよ。以来、気が触れちまったのか、子どもを拐うようになったんだ」

パタパタと、尼僧の羽織が風に靡く。

「とはいえ、理性を失ったわけでもなかった。娘はすぐに親元に子どもを返した。しかしそれだけのことをすれば、ますます立場が悪くなる。挙げ句、拐われた子どもの中には、鬼の子だと山に再度捨てられる子もいたんだそうだ。娘は確か、そうして捨てられた童女のひとりを我が子のように可愛がっていたんだったかな」
「酷い話っすね」
「そうかもなあ。でも、酷いのはこれからさ。娘を迫害した麓の村人たちは山を開き、近隣の大国との貿易や交流を効率良く行うことを望んでいた。しかし山には社がある。神のおわす場所がある。不用意に拓けばバチが当たる。そこで考えたのさ」

尼僧の声が、心なしか低くなった。

「鬼女を討伐するために、社ごと鬼女を焼いたことにすればいい。神殺しの罪を、娘に擦り付けた」
「うわあ。本末転倒だ」
「ふふ、そうだね。以来、娘が祟るのだそうだ。娘が死んでなお、幼子が神隠しに遭い、2度と帰らないということが相次いだ。仮に帰った子どもがいたとしても、それはしゃれこうべと変わり果てた姿になっている。娘が、祟っているんだそうだよ」

しゃん、と錫杖が鳴る。
尼僧はゆっくりと口元を上げた。浮かんだその笑みは何処か不気味に映る。
しかしいつまでもこんな話を聞いてはいられない。任務に遅れが出てしまう。とっさに我に返り、立ち上がった。

「おいトビ、もう充分休んだろ、行くぞ」
「ええ、せっかく面白くなってきたのに」
「楽しむな。婆さん、悪いがオイラたちはもう行くぜ。他でやってくれ、うん」
「ちょっと先輩、婆さんだなんて失礼ですよ」
「あ?」
「この人まだかなり若いですよ。たぶん30代半ば」
「は?」

何を訳のわからないことを言っているんだ。そう続けようとすると、尼僧がコロコロと笑った。嗄れた声は確かに若いものではない。それに、包帯が巻かれた顔にはひきつった皮膚が皺を刻んでいる。
尼僧は自分の喉を指差し、ゆっくりとした口調で言った。

「昔、火事に遭ってね、声帯をやられたんだ。ついでに、顔も酷い火傷を負ってね」
「!」

だから、若くは見えないだろうなあ。
尼僧は笑いながら言った。
つい言葉に詰まる。
トビはそんなこちらを余所に、珍しく真面目な口調で彼女に問いかけた。

「尼としてなら、生きやすかったんですか」
「そうね、怪我も全て、悟りに繋がる。便利な偏見だよ」
「悟りは得たんすか」
「悟った尼のふりはしているが、存外小娘のままかもなあ」
「じゃあ、祟っているのは」
「そんなもの、ただの信心が呼び込む思い込みさ。罪悪感があるから、偶然の不幸も全てが結び付く。悪いことをするとね、他の誰でもない、自分が見てるんだ。祟られたと思うのは、それを悪いと知りながら見ている自分がいるからだよ」

さて、私も次へ行こうかな。
彼女はするりと立ち上がる。
確かに、こうして見ると背筋も伸びているし、唯一見える手の甲や指先には皺ひとつない。
若いということは、少し考えればすぐわかる。

女は何も言わずに其処を立ち去っていった。
そういえば、団子屋に来たのに何も食わず、ただ話しただけである。
一体何をしに来たのか。
遠ざかる背中に首を傾げる。
何気なく見たトビの仮面から、真っ赤な目が覗いている気がした。





20130127


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